名付けって難しい

二人目となるとあんまり一生懸命考える気にならない(というか、その時間がない)人が多いのではないでしょうか。



娘の時は、浮かんだ瞬間にほぼ即決でした。

画数もよかったので夫婦で「やれやれ、これでいいよね。もう考えるのはよそう」と喜び合ったものです。



娘の名前はひらがなです。



古風な響きで知的な意味があり、気に入っています。

ひらがななので絶対読み間違えないし、怒る時に「○○!」といいやすい名前にしたかったのです。



いろんな読み方ができる字や、難しい名前、キラキラした名前、親の期待が大きすぎるような大層な名前はさけようと思っていました。苗字が三文字なので、できるだけ画数が増えないように、また、実際に書いた時にバランスが悪くならないように気をつけました。



そんなわけで、気に入っているんですが、ひらがなの「ふ」って子どもには書くの難しいでしょうね。バランスがとりにくそう。



あー早く考えないとすぐ臨月になっちゃうよ~~と頭を悩ませています。

そこで、たまたまこんなコラムを見つけて面白く拝見しました。



「ネーミングで、とりかえしのつかない一歩をふみださないために」

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0904/24/news032.html



その中でどきっとする一文を発見しました。



「名前は、その人物が社会で認識されるための符牒です。他人が読めない名前には、社会性がありません」



不思議な名前や当て字のような名前、独創的な名前は、親が子どもの名前で自己実現しようとしていることのあらわれではないかという考えも書かれていました。確かにねぇ。子どもの名前で自分の意見を主張しなくちゃいけない親って、つまりそんな場所でしか自分の意見を発信できないともとれますね。



そして個性的な名前は「自分らしく生きて欲しい」という気持ちが込められている、と。



子どもの未来に託すことは、社会性よりも個性。「自分らしく生きて欲しい」という想いが、「読めない名前」の源泉。



なるほど。子どもに自分らしく個性的に生きて欲しいという願いが根底にあるわけですね。私は個性的に生きて欲しいとは別に願いません。自分も幸せになって周りの人も幸せになるように生きて欲しいです。すごく月並みな願いですが・・・



主人も私も人の好みは「地味な実務家」

西郷隆盛より大久保利通。



地味な夫婦です。



注) 念のために書いておきますが、個性的な名前をつけている人がみな、上記のような親であると考えているわけではありません。そういう側面もある、というふうにうけとっていただけると幸いです。

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