心の友よ

なんて書くと、ジャイアンみたいですが





結婚して実家を遠く離れてから、友達と呼べる人は多少できました。

でも、こんなに近いというか、ぴったりシンクロする部分の多い友達は彼女だけだったのに…



ご主人の転勤でもうすぐ遠くに行ってしまう。



とっても近い所に住んでいたのですが、お互い気を付けてうまく距離をとったお付き合いをしていたのです。



私は、仲良くなるためには考え方や価値観が近いというのは必須条件で、趣味や好みは2番目ぐらいに重要だと思っています。(趣味や好みは考え方が近いと自ずと似てくる部分なのですが、中には好きな物が一緒でもそれに対する考え方が全く違う人もいるものですから)



とにかく好みが似ていました。

私が主人の海外研修から戻ってきてご近所に挨拶回りをしていた時に、花壇の花の話から仲良くなったのです。しばらくは花の話題のみでしたが、ある時映画の話になって、私がロードオブザリングが心底好きな話(心底好きなのは原作で映画は微妙な感じなんですけどね)をすると、彼女もはまっているらしく、王の帰還SEEを貸してくれたのです。そして貸してもらったにもかかわらずかなり辛辣な感想を述べてしまいましたが、逆に喜んでもらえたような…それは私の虫のいい勘違いかもしれませんが。(そろそろほとぼりが冷めたから私の本音を書こうかな~)

テレビでシュレックを放映した時も、ほぼ同時にはまりこみ、私が言った危険な台詞「指輪物語はピーター・ジャクソンじゃなくてシュレックのスタッフに制作して欲しい!」には、リビングの椅子がギシギシときしむほど強く頷いてくれました。

昔B'zが好きだったこと(ちょっと時期はずれてますが)も同じでした。

芸術一般に対する感性があり派手なものより落ち着いた奥深いものが好きだというところも、話をしていて違和感が無く心地よかったのです。



彼女からはいろんなことを教えてもらいました。教えてもらう、といってももちろん自然な会話の中で、私がこれは見習いたいな、と思うことを勝手に心に留めているだけですが。

(子育てのことや、理不尽な人生に対する姿勢、家事を家族に協力してもらう技などなど)



彼女はとても体が弱く、ほとんど外出できずわずかな体力をいかに分配して家事を切り盛りするかいつも必死でした。

だからよく考えて実行し、無駄が少なく本当に必要なことを見極める眼力がありました。

そしてその中でしっかり楽しみをみつけて生きることを楽しもうと努力しているところも尊敬していたのです。



人間誰しも自分が生まれてくる家、国、時代は選べません。また健康に生まれるかどうか、健やかな一生をおくれるかどうか、個人の努力だけではどうにもならない部分もあります。



でも幸せになれるかどうか、というのはやはりその人の考え方一つなのではないでしょうか。

他人の価値観にとらわれて自分の道を見誤る人もいるでしょう。

自分の価値観に凝り固まって自分だけの世界に閉じこもる人もいるでしょう。

大切なのは自分のおかれた状況を正しく理解して今ある持ち物でいかにうまくやっていくか、ということではないでしょうか。



自分の物差しを常に修正し、正しく物事をはかれるように気を付けること。



孫子の有名な言葉で「彼を知り己を知れば百戦殆(アヤウ)からず」とありますが、全くその通りです。

自分を客観視できるかどうか、そこから物事を冷静に見る目が生まれてくるのではないでしょうか。



仲良くなる人は大なり小なりそういう要素を持っているように思います。

なんだか話がずれてきましたが、そんな彼女が遠くに行ってしまうのがとっても悲しい私です。

彼女のほうがもっと大変なのでしょうけど。

体がそんななのに引越しなくちゃならないし環境も激変するし…

なんとかうまく事が収まるといいのですが。



きっと彼女はその現実とうまく折り合いをつけてやっていけるようになると信じています。

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